2014年02月13日

【エロネタ注意!】三和出版の「分かってる」度合いは異常。あるいは、草の根BBSの思い出。

 こんばんは。(しばしば悪い方へ)思い切りがいい方のフジカワさんです。さて、夜も更けてきたことですし、いっちょエロい話をしましょうか!(満面の笑顔で)

 いえね、少し前に、ヤフオクで稼いだ小銭を元に、ちょっと人には言えないタイプのエロ本を買い込んだ方のフジカワさんなのですが……同じジャンルでも、出版社ごとのカラーが見えてて、別の視点からも、面白い物です。まあ、「一冊一発」を信条に、平等にセルフバニりますけどねw

 色々ある中で、やはり「うむう!」と思うのは、三和出版の発行物です。何と言うかこう、「色々分かってる」んですよね。特殊な性癖を持っている読者の、どこが興奮ポイントか? それをキッチリ理解して、本を作ってます。特に、私なぞの場合は、「にょ」(「でじこ」とちゃうよ?)を含めた、いわゆる「排泄フェチ」なわけですが、他の出版社が、「笑顔で」行為をしているのに対し、三和出版の発行物内では、女性はほぼ、困り顔、ないしは羞恥の顔をしてるんですよね。

 ここですよ、皆さん!(だんっ! と机を叩く)
 この「恥じらい」にこそ、我々マニアは萌えるのです! どっかのマンガでありましたが、「恥じらいのない女はカスだ!」ですよ! 「笑顔で」行為をされても、イマイチさんなのです。もっと言えば、実際にそのプレイに耽溺しているマニア(と書いて、「同好の士」と読む)からの、体験手記、告白手記のたぐいがあると、なお萌える。三和出版には、それがある。だから好きなんですよ。まあ、同じ三和出版でも、エロマンガのレーベルでは、かなりエッジの効いたタイトルばっかりで、かなり読者を選んでる感がありますが。

 振り返れば、三和出版とのつきあいも、結構長いです。ここで、産まれた時からインターネットがあるヤングメンには、全く分からない話をします。インターネット普及以前のネット社会は、「草の根BBS」という文化がありまして。それは何かというと、個人が自宅にホストを立てて、そこへみんなして電話で接続し、共有の掲示板を見たり書いたりして、コミュニケーションしていたんですね。

 で。今をさかのぼること20年前。今回の主題である三和出版も、草の根BBSを運営しておりました。「マニア倶楽部ネットワーク」という名前で。もちろん18禁で、有料でした。当時の私は、18歳になると同時に会員登録し、その頃からディープな世界にはまっていってたんですよ。

 私の主な活動場所は、「OMO・OMU CUG」という掲示板でした。「OMO」とは、「おもらし」の、「OMU」とは、「おむつ」の略です。ちなみに、「CUG(カグ)」とは、「Closed Users Group」の略で、参加(掲示板の閲覧、書き込み)には、そのグループ管理者の許可が必要という意味です。

 いやはや……本物(と書いて、筋金入り、と読む)のマニアであるメンバーの、交わされる会話の濃いこと濃いこと……。関心半ば、戦慄半ばで、私は、時間も忘れてのめり込んだものです。もちろん、接続にかかる電話代もすごいことになって、親に問い詰められたこともありますが(笑)。

 で、ですね。「OMO・OMU CUG」掲示板には、自作のフェチ小説も多数投稿されておりました。どれも情念が籠もっていて、読み応えがあったのを覚えているのですが……どーも、自分的にピンとくるものがない。共通点は、「男が女に『させる』」ところでした。

 そうじゃないだろう! ヘルムート! と、当時22歳のわたくし、メロスばりにいきり立って反駁し、「好みの作品がないなら、自分で書いてしまえ!」と、悶々とした気持ちを下地に、初めて小説の体をなしている(と思われる)作品を書きました。それが、処女作の『私とアタシ』です。

 これを掲示板に上げたところ、「斬新で面白い」という評価を頂きまして。人間、褒められると嬉しいですよね。まして、ナントカもおだてりゃ木に登るタイプのフジカワさんなので、舞い上がって、「もっと書こう!」と思い至ったのは、ごく自然な流れでした。こうして、どんどん作品を書いていき、実質、私の物書きとしての生活が始まったのです。その頃(1996〜1997年)の作品をまとめたのが、ホームページ本館の小説コーナーで、『やみのおり』としてカテゴライズされている物です。うわあい、その頃から病んでたんだね! 燃やそう!

 そういえば、(今はミドルネームですが)ペンネームの「でぇすて」というのも、このマニア倶楽部ネットワークが発祥です。当時の私、「D.S.T.」というハンドルを使ってまして。これはどういう意味かというと、「ダウェンポート・スコット・トーマス」のイニシャルです。前二つの「ダウェンポート・スコット」とは、ロナルド・ハーウッドの戯曲『ドレッサー』の登場人物です。いえ、厳密に言えば、彼は作中に登場しません。他の主要人物達の、噂話に上る……しかも、ある種のタブーに触れる際に……人物です。

 戯曲を読んだ、当時大学生の私、この設定が琴線に触れまして。「ああ、直接名が知られなくても、存在感のある人間になりたいなあ」と思い、名前を拝借したのです。三つ目の「トーマス」は、本名の名字をもじってつけました。「D.S.」だけだと、「ダーク・シュナイダー」かも知れないぢゃないですか(笑)。

 んで。話は、マニア倶楽部ネットワークに戻って。前述のCUGの主が、「『でぇすて』で辞書登録したよ」と言って下さりまして。その後、なんだかんだでプロデビューすることになり、ペンネームをどうしよう……と考えた時、「今の自分があるのは、マニクラネットの皆さんのおかげだ!」と思い至り、「でぇすて」に決めたわけです。「D.S.T.」→「でぃーえすてぃー」→「でーえすてー」→「でぇすて」という変化ですな。

 業界に入るきっかけと言えば、当時結構な数があった草の根BBSの中で、私が最も初期から加入し、活発に活動していたのが、今やすっかり大手になったエロゲメーカー『ALICE SOFT』が運営する、『ALICE-NET』でした。今でも覚えてます。当時のIDナンバーは、「112」で、ハンドルネームは「SEAL TOMY」でした。ネット内では、今では考えられないほど、スタッフとユーザーが身近な存在として接し、オフ会なんかも結構な頻度でありました。スタッフとユーザーがごっちゃになって遊んでいた(と聞く)イベントで、そこに参加したメンバーが、結構な確率で、アリスに社員として入社したのを覚えてます。

 当時の私は(ピー)歳だったので、なかなか親の外出許可が下りず、結局アリスのオフ会には参加出来ずじまいだったのですが……もし、当時の私が積極的にオフ会に出ていたら、今頃、アリスの社員だった「かも」知れません。あぁ、何もかも懐かしい……(遠い目)

 とまあ、エロ本の話から、ネット黎明期の昔話になってしまいましたが、脱線するのはいつものことですよね! ですよねー。

 もし、当時のメンバーがこのブログを読んでいたら、コメントなり下さると、喜びます。私が。

 てなわけで、今晩はこの辺で。また明日。


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posted by 不二川“でぇすて”巴人 at 19:35| Comment(0) | TrackBack(0) | エロ話
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