2014年02月14日

今日は父親の命日です。

 こんばんは。何があっても、当事者意識が薄い方のフジカワさんです。

 昨日の夜は、頑張って長いエロ話(まあ、途中で脱線しましたが)を書いたにも関わらず、あまりアクセス数が伸びてないので、ちょっと肩すかしを食らった気分です。うーん、皆さん、エロうい話はお嫌いですか? 一応私、エロゲライターなんですけど……(びくびくおどおど)

 あ、さて。タイトルの話ですよ。今日、2月14日は、バレンタインデーです。終戦直後、進駐軍のバレンタイン少佐が、子ども達にチョコレートを配った日ですね。嘘ですが。2年前のそんな日に、私の父親が亡くなりました。バレンタインデーに死ぬとか、どんな伊達男だよ……。

 色々、父親については思うところがあります。特に今、ソチオリンピックが開催されてるじゃないですか。(ゴルフを除く)大のスポーツ嫌いだった父親は、オリンピックの季節になると、そりゃあもう機嫌が悪かったものです。なんせ、国営放送のトップニュースでスポーツの話題が出ようものなら、烈火のごとく怒ってましたからね。私は、父親をなだめるために言った物です。「オリンピックは、国威掲揚の場だから!」と。うわあい、オリンピック憲章なんてガン無視だね! 燃やそう!

 とにもかくにも、気むずかしい親父でした。昭和一ケタ生まれ……ではありませんでしたが、頑固と偏屈を絵に描いたような。晩年は、母親を泣かせてばかりだったのが思い起こされます。

 直接の死因は敗血症だったのですが、心臓に疾患があったのと、糖尿病がひどかったこと、その他諸々が引き金になったと聞きました。しかし、ウチの親父は、医者が嫌いだったんだ! 薬を処方されても、飲まなかったんだ! 意味ないよ、それじゃあ! 自分で寿命を縮めたようなもんですよ。頑固と偏屈も、悪い方に行くと、身を滅ぼしますな。

 もう一つ、やけに覚えているのが、親父のいまわの際の、母親のセリフでした。もう長くない……と、家族一同、病室で悲嘆に暮れている時、母親が急かすように言いました。「あんた、喪服買ってきなさい」。……冷静すぎますよ、母殿!? 驚くと同時に、女って怖えぇ……と思った物です。

 その母親ですが、親父が亡くなってからは、そりゃあ悲しんではいましたが、しばらくすると、とても活き活きし出しました。前述の通り、良く言えば古風、悪く言えば抑圧的な親父だったので、「女が家を空けるのは許さん」というスタンスだったんですね。なので、母親は、興味のあることがあっても、親父の目を気にして、ずっと我慢してたんですよ。

 それが、親父が亡くなるや、ため込んでいたのを吐き出すかのように、太極拳を習いに行くわ、手品を習いに行くわ、(これは、親父が生きてた頃からですが)世話人をやっているコーラスも気兼ねなく行くわ……と、不謹慎にも「邪魔者がいなくなってよかったね、お母さん」と思いたくなるほどでした。

 その母親も、実は少し前に乳がんが発覚し、乳房を切除する手術をして……すわ、親父の後を追うのか!? と思ったんですが、今のところは元気なので、ひとまずは安心しております。母親には、長生きしてほしいものです。

 皆さんも、親は大事にしましょうね。いなくなって初めて、有り難みを噛みしめる……では遅いですから。

 なんか、私に似合わずしんみりしてしまいましたが、今晩はこの辺で。また明日。


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posted by 不二川“でぇすて”巴人 at 19:40| Comment(0) | TrackBack(0) | 日々のヨタ話
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