謹賀新年、ではなく、毎年「恭賀新年」でございますれば(挨拶)。
と、いうわけで、フジカワです。
おせち料理の味付けが濃いせいで、喉が渇いて仕方がない、元旦の木曜日、皆様いかがお過ごしでしょうか。
今日のエントリは、「2026年、恭賀新年!」とかいった話です。
レディゴー
続きを読むまずは昨日の
さて。昨日は、

「大晦日につき、2025年の総括!」などと書かせて頂きました。
年が明ける瞬間前後は、「117」で時報を聞きつつ、「一陽来復(福)」のお守りを祀るのに集中してました。
無事に完了したので、それが全てです。
アケタヨー!
実は既に、年明けから、今日の元旦という一日のあらましは、noteの方に書かせて頂きました。

まあまあ、何にせよ、2026年、恭賀新年でございますよ!
まだ猶予はありますが、今年の5月になったら、俺も52歳だよ! 還暦までのカウントダウンが、さらに進むよ!
それはいいとして、ヴァチクソに強力な眠剤一式を飲んでいるにも関わらず。
「0時半頃に就寝して、午前5時半に目が覚める」って、バグじゃね?
あと、noteには書かなかったのですが。
いまだに僕を、「シナリオライター」として扱ってくれて、年賀状を下さるエロゲ会社の方々には、感謝しかありません。ありがとうございます(五体投地)。
今年の抱負は?
どかーん☆ とぶちまけたいところなのですが。
なーんせ、文學界新人賞の結果がどうなるか? が、全く分かりません。
受賞したならそれで、念願の再デビューです。
正直、「純文学の土俵で」書きたい、あるいはやりたいことというのも、いくつかありますから。
あえて下世話に言えば、「権威」を手に入れたなら、後はもう、世間が放っておかねえでしょう。
なんせ、「元エロゲーライターの、純文学受賞」というのも、前代未聞のことです。
世間の耳目を集めるのは必定です。
また、万一受賞を逃したなら、次へ向けて動く必要がありますからね。
神仏とコスパ
これまで僕は、数多の「物理法則ガン無視の奇蹟」を目にしてきました。
僕個人の主観的な話ではありますが、神仏の直接的な声、というのも、山ほど聞きました。
おk、百歩譲って、神仏のお声が、僕の、ただの妄想だったとしましょう。
しかし、「発芽したプリザーブドの榊」、これだけは疑いようがねえ。
要するに、神仏も、それなり以上の「リソース」を割いているわけです。
これでしかるべき「リターン」がなかったら?
コスパが悪いにも程があるじゃあないですか?
ヴッちゃけ、神仏もそこまで暇じゃあないと思うんですよね。
主語は「神仏」
「俺の実力がすごいから、受賞して当たり前」、というのが、「傲慢」です。
ではなく、「俺はやれるだけをやったんだから、後はなんか、神仏がすごいらしいよ?」というのが、多分ちょうどいいっぽい。
とは言え、「待ち」のターンって、精神を摩耗するよね? という、広く共感を誘えるアレ。
アレって何だ。
皆様、2026年も、よろしくお願い申し上げます。
んじゃまた。


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