あの往年の名曲に、またしても野暮なツッコミを入れてみる。

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どうも。フジカワです。今日から6月。まあ好きな人はあまりいないと思いますが、僕も、梅雨の季節が嫌いなので、これから約1ヶ月半、ジメジメした日が続くのかと思うと、今から憂鬱ですが、皆様いかがお過ごしでしょうか。

さて。昨日の夜の話です。風呂にまったり浸かっていて、またしても、ある、誰もが知る超有名歌謡曲に、ツッコミを入れたくなりました。

曲は、山本リンダの『狙いうち』。ウララーウララーはどうでもいいとして、あの歌を、僕が一言でまとめるならば、『自己中心的、かつ、金の亡者な女の、傍若無人さを歌った歌』です。

なぜか? 歌の主人公である『私』は、『今に乗るわ玉の輿』と言ってます。つまり、男を『カネ』という一面でしか見てないわけです。男からすれば、そんな失礼な話もないでしょう。

また、『私』は、己の美貌にも自信を持っているようですが、いかに美人であろうとも、所詮はカネ目当てで近寄ってくる女に、誰が惚れるでしょうか? そういうのを、世間では、『うぬぼれ』と言います。また、『この世は私のためにある』とも言ってますが、そんな事を言えるのは、自己中心的の極みです。

これは僕の勝手な憶測ですが、『私』には、恐らく、浪費癖もあるはず。仮に万一、狙い通りに、玉の輿に乗れたとしても、瞬く間に、家庭の資産を食い潰す様が、目に浮かぶようです。多分、夫なんかどうでも良くて、夫のカネで、ホストクラブに通い詰めて、貢ぐだけ貢いで、現実逃避し続けるのがオチだと思います。

それに、これは僕の偏見ですが、『玉の輿に乗りたい』と願う女は、大抵が、根本的に怠惰なものです。要は、『夫のカネで、楽に暮らしたい』というだけの話で、そんな家庭は、遅かれ早かれ、崩壊します。まさしく、金の切れ目が縁の切れ目で、貧乏神と何ら変わりません。

そんな『資本主義の豚』みたいな女が、さも立派であるかのように歌っているのが、どうにも引っかかります。

ええ、分かってますよ。とことんまで僕がひねくれているのは。まあ、逆にあそこまで、女の薄汚い欲望を、あけすけに歌い上げているのは、ご立派とも言えますが。

以上、野暮極まりない、名曲に対するツッコミでした。

んじゃまた。

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