慌てると、まずコケるので。あるいは、11年前の懺悔。(懸賞小説の話)(日記)

日記
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精神的にも、もはや無理が利かない歳なんだなぁと、しみじみ実感しています(挨拶)。

と、いうわけで、フジカワです。昼飯を食ってから、晩飯を食い始めるまでの記憶がないんですが、皆様いかがお過ごしでしょうか。

さて、タイトルの話なんですが、今日は、例の懸賞小説は、9枚しか書き進めていません。段落的に一区切りということもありますが、少なくとも今は、気力がないので。

万事に於いてそうですが、焦らなくていい場面で、無駄に焦ると、たいていロクな事にならんもんです。まして僕の場合、精神状態を見なければなりませんから、なおさらです。まさか、より早く応募した奴が優遇される、とか言う話なら、焦るかも知れませんが、ンなわけないですしね。

しかし、今現在執筆していて、11年前、なぜ失敗したかが、よく分かる気がします。端的に言えば、余計な下心やら、妙な功名心やら、それこそ無駄な焦りとか、謎の義務感があったからだと思うんですよ。

もちろん、あの当時は、『当時の』自分なりのベストを尽くしました。んが、今にして振り返ると、前述の、一言で言えば『スケベ心』にコテコテに凝り固まり、かつ、力を入れるベクトルが間違っていたと言うか、そもそも肩肘張りすぎてたんじゃなかろうかと。

一応念を押しておくと、およそこの世に、『楽な創作活動』というのはありません。先日から書き始めた懸賞小説だって、いかに毒電波の仕業とは言え、メタクソ疲れます。どれだけ『書く』事が何より大好きであろうと、全く同じです。

ただし、『不要に強張る』、あるいは、『下手に狙う』、またあるいは、『欲をかく』と、ことごとく滑るもんです。変に卑屈になることも、かえって逆効果ですし、自分で自信が持てない作品なんぞ、応募するだけ無駄です。

つまりは、『適度に肩の力を抜いて、その時の全力を出せばいい』わけで、結果は後からついてくるもんなんですよ。人によっては、しごく当たり前の話なんですが、なんせ僕は頭が悪いので、それが分かるまで、10年以上かかったという。

おまけに、10年前ごろと言えば、根本的勘違いが治ってなかった上、メタクソ調子ブッこいてた時期でもあります。いや正直、『俺の書いたモノは、売れて当たり前』という意識すらありました。言うまでもなく傲岸不遜の極みであり、何様であり、そりゃ仕事も干されるよ、という。お恥ずかしい限りです。申し訳ない。もはや全て遅すぎますけど。

僕自身、自分が『死んでも治らないレベルの馬鹿』だという自覚はあります。分かったのは最近ですけどね。

でも、それならば、『コケの一念岩をも通す』の気持ちになって、ナントカの一つ覚え上等で、やっぱり『出来ることをやれるだけやる』のが、多分現状ではベストなんじゃないか? と思うんですよ。どうせ、『書く』事を奪われたら、僕は、手足のないダルマみたいなもんですし。

繰り返します。あまねく創作活動は、大抵辛いもんです。でも、その苦労の中に『楽しみ』を見出せない限り、どれだけ長い時間をかけようが、そう大したものは出来ません。まして、文字というのは、鏡みたいなもんです。書き手の感情を、如実に表します。僕もまさか、一切の私情を消して、全てを計算づくで書けるはずがありません。やっぱり、その時々のテンションが、モロに文字に出ます。

ならば、なおのこと無理はせずに、少なくとも、締め切りまでは、まだ余裕がかなりあるんですから、功を焦る事なんぞ、まるでないでしょう。さらに言えば、矢継ぎ早にネタがあふれてくるタイプでもないですし。

確かに、早く書き上げたいという欲求もあるにはあるんですが、やはり『焦ってどうする?』って話ですし。あえて必然性を挙げるなら、僕はすごく飽きっぽいので、テンションが萎える前に形にすべき、というのがあるにはあります。でも、それにしたって、明日、週が明けたら一切やる気が失せる! なんてわけでもないんですがね。

まあ、色々書きましたけど、『できれば、今日は小休止にする』という話でした。ただでさえ無理がもはや利かないんですから、なおさらかと。晩飯も食って、いつもの抗うつ剤も飲みました。後はだらりと、好きなエロマンガでも読んで過ごしますよ。

んじゃ、今日はこの辺で。

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