「すぐるのビッグカツ」の
おつまみ適性は異常(挨拶)。
と、いうわけで、フジカワです。
近所のドラッグストアにおいて、ラベルレスの炭酸水を買えないのが、ささくれ程度に残念だと思う土曜日、皆様いかがお過ごしでしょうか。
今日のエントリは、「残当!」とかいった話です。
続きを読むまずは昨日の
さて。昨日は、
「うっかりさん!」などと書かせて頂きました。
結論から申し上げると、今朝方、『文學界』の、先月号が届きまして。
中間発表を見まして。
当たり前の如く、かすりもしていませんでした。
いやー、そりゃあ、期待なんかはしていませんでしたが。
もしかすると、一次ぐらいは通っているかも? と、淡い期待を持っていただけに。
へこむモンはへこみますよ、やっぱり。
結局、1,200円(『文學界』の値段)で、しょんぼりを買っただけという。
研究を要する
「敵を知り、己を知れば、百戦危うからず」とは、古来より申します。
今さらかよ! とツッコミを受けそうではありますが、ちょっとは、(文學界新人賞の)受賞作ぐらい、読んだ方がいいようですね。
いや、まったく読んでいないか? と問われれば、違うわけですが、西村賢太しか、サンプルがない。
それだと、いかにもアレではある。アレって何だ。
いずれにせよ、要研究なのは変わりません。
「ドラマ」、とは
その西村賢太の私小説にしても、と、いうか、およそ「ドラマ」と呼ばれるものに共通しているのは、「他者との関係性」だと思うんですよね。
(とは言え、割と最近気付いたのですが)
今回応募したものは、1作はさておき、もう1作は、その「関係性」というものが、まったくなかった。
単に、主人公が一人旅をして、ひたすら内省するだけ。なるほど、「ドラマ」じゃあない。
思い出せる限りでも、太宰の『津軽』は、作者が里帰りをする話ではありますが。
アレにしたって、友人知人等、現地で出会った人々との丁々発止(?)があるから、面白い。
つまりは、「他者とのドラマ」がある。
他方、僕の作品には、ないものが多い。
なあんだ、俺の応募作が、洟も引っかけられなかったのも、納得じゃあないか?
逆に考えるんだ
今現在推敲中の作品は、確かに、主人公のモデルは、作者(僕)ではありますが。
ちゃんと(?)多彩なキャラクターが出てきて、色々な会話や事件があります。
つまり、(多分)ドラマチックではある。
じゃあ、次こそは、もそっと期待をしてもいいのではなかろうか?
もっとも、まだ推敲中ですから、応募が終わってから、考えるべきではありましょうが。
いずれにせよ、「小説を、それたらしめるポイント」が分かった。
ので、今後は「それ」に気を付けて、(私小説であっても)書いていけばいい。
なんか、色々と「ワカる」のが遅い気もします。
ってか、いかに今まで(前職時代含め)惰性で書いてきたか? って話でもあり。
なんか、いろいろハヅカシイですが、軌道修正は可能なはず。
自分を信じるから、「自信」でありうんちゃらかんちゃら。
んじゃまた。
コメント