時々思うこと。あるいは、亡き父の思い出。

日記
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どうも。フジカワです。夕方の更新をしても、コメント欄が出てこず、いくら調べても分からないので、結局、テーマを変えました。なんか、本来は有料らしいテーマが、限定で無料配布されていたので、便乗してみた次第。ウィジェットの再設定が、さりげに面倒くさかったですが、まあいいでしょう。

さて。タイトルの話。僕の父親が死んで、もう、8年と3ヶ月になります。さんざっぱら言ってますが、晩年はもう、『ややこしくて面倒くさいガンコジジイ』のテンプレートみたいで、かえって僕には、最高の反面教師でした。

あまり死人に鞭は打ちたくないのですが、とかく亡父は、すぐにキレました。僕の幼少期などは、キレて怒って、物(食器など)が飛んでくることも、全然珍しくありませんでした。

本当に亡父には申し訳ないのですが、今にして思うと、亡父も、もしかしたら、精神を病んでいたのかも知れません。ただ、本人は、『精神科という存在そのもの』を、異様なまでに嫌っていたので、仮に生前、受診を勧めたところで、絶ッ対に行かなかったでしょうけどね。なお、どれぐらい嫌いだったかというと、僕が精神を病んで、苦しんでいる中、「精神科なんかには行くな、薬も飲むな」と、一切を取り上げられ、おかげて、僕はもっと苦しむハメになったぐらいです。無知と無理解とは、最悪の罪です。

もう15年前ですが、僕も『プッツン』を起こして、精神病院の閉鎖病棟に入れられたのですが、あれは『父親譲り』だったのかも知れません。責任転嫁をするようで、ますます気は引けますが。

時間は戻るのですが、一昨年、亡父の七回忌の法要がありました。その時、父の妹、つまり僕の叔母が、僕を見るなり、「ますます兄ちゃんに似てきたわあ」と、感心したように言いました。叔母は褒め言葉のつもりで言ったのでしょうが、僕は、その言葉ほど、ゾッとしたものはありませんでした。「あんな老人にだけはなりたくない」と思っていた父に、僕が、似てきた? しかも「ますます」? その時、僕は痛切に感じました。『子どもを作る=子孫を遺す』と言うことは、すなわち、『己のクローン』を作ることなのだと。

叔母のその一言を聞いた瞬間、元々ゼロだった結婚願望が、マイナスにまで振れました。まかり間違っても、僕のような狂人が、己のクローンなんて、作っちゃ『いけない』のです。僕は長男なので、結婚して子どもが出来ないと、僕の家系は、そこで途絶えます。しかし、僕本人がこの調子ですから、気が変わることはもうないでしょう。もはや、『愛』も『恋』も、「面倒くさいからいらない」という境地に達しましたので。

まあ、そんな亡父も、今でも時々、僕の夢の中に出てくるので、あの世でも元気でやってるようです。合掌。

んじゃまた。

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