調理師にジョブチェンジしつつ、オリンピックについて考えてみた。

日記
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『未完成品の、みかん製品』という電波を受信したのですが、単に、『発音が同じだけ』であり、ダジャレとしては不合格だと判断したので、そっと胸の内にしまっておきます。(挨拶)

しつこく、フジカワです。4月に姉が転勤で引っ越して以降、基本的に、一部を除いて、日々の飯は僕自身が作るようになったのですが、今日の酢豚は上出来でした。まあ、王将のパック品でしたけどね。

さて、フライパンを振りつつ、BGVに、国営放送のニュースを流していたのですが、オリンピックの話題がありました。当然のことながら、来年は、オリンピックイヤーです。ただし、僕は、少なくとも現代のオリンピックを、素直な目で見られません。

誤解のないように、先に書いておくと、僕は、己の限界を超えるべく、日々、それこそ血のにじむような、不断の努力をしている、アスリートの皆さんを、決して侮辱しません。また、己のハンデをものともせず、同じく不可能に挑む、障害者アスリートの方々にも、限りない憧憬の念を抱きこそすれ、侮辱は絶対にしません。

ただし、結論から言えば、今のオリンピックとは、僕には、『世界中を巻き込んだ、清潔な、無血戦争』に見えます。純粋なアスリート達を『兵士』として、メダルの色と数で、国同士の優劣を決めているとしか思えません。この傾向は、特に先進各国の間で、顕著なように思えます。各国代表のアスリート達は、文字通り、『自国の威信を背負って』競技に挑むわけです。

また同時に、開催国にも、成功の可否に、『国家の威信』がかかっています。ヘマでも踏もうものなら、まさしく『国の恥』なわけです。そりゃ必死になって当たり前ですよ。

繰り返します。アスリート達には、何の罪もありません。また、僕自身も、スポーツマンシップや、オリンピック憲章を否定するつもりは毛頭ありません。悪いのは、それを巧みに利用して、『清潔な戦争』を仕掛けあう、先進各国のお偉いさん方です。

科学技術分野と同じで、その昔、あの悪夢の民主党政権時代、『最高の大衆向け政治ショウ』であった、『事業仕分け』の場で、かの蓮舫センセイがのたまわった、最高に無知で、たわけたセリフである、『二番じゃダメなんですか?』は通用しないわけです。

ところでどうやら、蓮舫センセイは、『あまねく世界は、全てに於いて、極めて苛烈な競争の上に成り立っている』という、『この世の絶対的真理』を、ご存じないようです。人間、下手に偉くなると、視野が狭くなるんですかね?

話は、またしても、僕の亡父の件になるのですが、亡父は、『群れて騒ぐ』事を、これまた病的なまでに嫌ってました。なので、(身勝手なことに、ゴルフを除く)スポーツの類も一切受け付けず、プロ野球ですら、観衆をあからさまに愚弄しまくり、文字通り唾棄してました。そのため、生前は、オリンピックの時期になると、どこにチャンネルを変えても同じなので、それはもう明らかに機嫌が悪くなり、僕達家族は、ご機嫌取りに腐心したものです。父をなだめるために僕は毎回、「オリンピックは、国威発揚の場だから!」と言ってました。一面として、間違ってはいないはずです。

次の『戦争』で、日本はどうなるか? 僕は、ホスト国として、致命的なヘマを踏まない限り、別にどうでもいいと思っています。お祭り騒ぎが苦手なのは、立派に、父親に似たのだと思いますので。

んじゃまた。

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