『オタク』という人種についての、個人的見解。

日記
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どうも。フジカワです。今日は、大変痛ましい事件が起きましたね。そう、京アニへの放火事件です。被害に遭われた方、また、不幸にして亡くなられたスタッフの皆様には、心からお悔やみ申し上げます。貴重な才能が、数多く失われただろう事を思うと、残念でなりません。

犯人は、41歳の男とのこと。僕と同年代です。疑うまでもなく、過激思想を持った、オタクの一人でしょう。動機は未だ定かではありませんが、この手の『こじれきったオタク犯罪者』の、大抵は、単なる逆恨みです。浅はかとしか言いようがありません。

振り返れば、『オタクという人種』が、広く世間に認知されて、結構になります。ただ、世間の一般人は、『オタク』というものを、ぶっちゃければ、甘く見ています。時代はさかのぼって、70~80年代、『オタク』という言葉が生まれる前は、その手の『濃い』人々は、自らを『ビョーキ』と言っていました。

これは全くその通りで、僕は、『オタク』というのは、探求者であり、狂信者であり、ある側面において、病んでいる人々だと思います。決して、『ちょっとマンガが好き』程度では、オタクではありません。もっと言えば、世間の一般人が躍起になる、『他者との差別化=自己主張』のため『ごとき』に、『俺、オタクなんすよー』などとは、『言ってはいけない』のです。

『真のオタク』の思い込みの力たるや、凄まじいとさえ言えます。そこに、『世間一般的な常識、通念』は、全く通用しません。コミケを妨害しようとする、歪んだ過激派と一緒で、『信仰対象』が、少しでも、自分の意に沿わない扱いを受けると、途端に爆発します。今回の放火事件の犯人も、動機は恐らく、『普通の人』からすれば、全く理解ができない物だと思います。極端から極端に振れる、あまりに短絡的なのです。そしてそれが、『こじれたオタク』の、思考回路というものなのです。

追記:動機が後日明らかになりましたが、「自分の小説をパクられたから」という、やっぱり理解不能な物でしたね。どこをどう、思考を飛躍させればそうなるのか、まるっきり分かりません。

で、これが一番、僕が言いたいことなんですが、いかに『オタク』という存在が一般化しようとも、『ホンモノ』は、差別され、白眼視され、迫害されるのが『宿命』なんです。今回の事件を機に、恐らく、オタクバッシングが始まるでしょう。『普通のオタク』は、『とばっちりだ!』と思うかも知れませんが、『オタクという物の本質』を顧みた時、それも致し方なしかなと思います。

一つ間違いの無いことは、『勝手な思い込み』で、もっと言えば『ただの逆恨み』で、犯罪、まして人命を奪っていいなんて理屈は、どの世界線でも通用しません。『自分のしでかしたこと』の重要性、重大性に、想像力が及ばないなら、やっぱり、今回の事件の犯人も、病んでいるとしか言えません。

京アニと言えば、もう説明するまでもなく、高クオリティのアニメを量産している、超有名どころです。そこの有能なスタッフの皆さんが、たった一人の、歪んだオタクによって、命を奪われたのは、アニメ業界全体にとって、途方も無い損失だと思います。犯人は、まさしく万死に値すると思います。

オタクは、どこまで行っても、日陰者です。『そうでなくてはならない』のです。『日なた』の人々に、迷惑を掛ける、権利も道理もないのです。息を殺して、密やかに、自分の活動『許可』範囲から、出てはいけない。そういうものだと、僕は思います。

改めて、犠牲になられた方々に、合掌。んじゃまた。

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