再度庭師にジョブチェンジしながら、捕鯨について考えてみた。

日記
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僕の家の近所ではないのですが、違うルートを通って駅前まで出る路線のバスに乗ると、途中に、『本当にヤバい塾』という名前の塾があります(実話)。ですが、真の意味で『ヤバい』のは、仮にも学びの場である塾に、そんなふざけた名前を付ける経営者の思考と、その塾の名前を『魅力的』だと思って、入塾を希望する子ども、及びその親の神経だと思います(挨拶)。

さて。今日は午後から、昨日の庭仕事の続きをやってました。すなわち、大伐採した木々を、ゴミとして出せるように、全ての枝を払い、既定の長さ(だいたい1mぐらい)に、等割の刑に処すること。この作業がまあ、思いの外大変で、軽く3時間以上はかかりました。腹減ったなあ、と思いながら、空腹に関連して、また少し考え事をしてました。

僕ぐらいの年代が、ギリギリセーフだと思うのですが、小学生の頃、給食での一番のごちそうは、『くじらカツ』でした。クラスの中で、誰かが休んで、余ると、争奪戦になったものです。なお、次点は、わかめご飯です。

このように、日本には古来から、『クジラやイルカを食べる風習』というのがあります。ところがどっこい、世界には、『捕鯨反対派』の国々というのも、多数あります。もし間違っていたらすみません、確か、その主張の国々の言い分は、『クジラやイルカは、賢いから食べちゃダメ』だったはず。

これ、おかしな話だと思いませんか? あたかも、自分達が普段消費している、牛や豚や鶏には、知能がないから食っていいんだ、ということになりませんか? どんな家畜でも、僕達人間が思ってる以上に、賢いものです。

『賢いから食うな』という理屈が通るなら、なぜ、犬や猫を食う習慣のある、韓国や中国に、文句を言わないのか? 犬なんかは、割と有名な話ですが、人間で言うところの、5歳児程度の知能があると聞きます。充分賢いわけです。それでも食う国がある。なのに文句を言われない。

そして、これまた知ってる人は知ってる話ですが、お隣の韓国では、クジラの密漁が、盛んに行われています。それにはイチャモンを付けずに、日本だけが、悪者扱いされている。理不尽な話です。というか、なんか腑に落ちない。これは僕の、勝手な憶測ですが、どうも、僕達のあずかり知らぬ所で、政治的力学が働いているように思えます。

そもそも、いかな国であろうとも、ヨソの国の食文化に、ケチをつける権利はないはず。政治の話ではないので、内政干渉ではありませんが、『迷惑な、いらんことしい』です。

ただまあ、割と最近入ってきた、いいニュースとして、日本も、商業捕鯨を再開する見通しだとのこと。捕鯨反対派の身勝手な言い分なんて無視して、日本は我が道を行けばいいのです。

近いうち、またおおっぴらにクジラが食える日が来ると思うと、今から楽しみです。食い物の話をしてたら、余計に腹が減ってきて、かつ、もうボチボチ夕食の時間なので、一旦失礼します。

んじゃまた。

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