歳を取ると『試行錯誤』しなくなるのか?

日記
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どうも。フジカワです。親が、ご近所さんから、タマネギを大量に貰ってきたため、今晩のメニューはカレーライスになりました。どうせ作るのは僕なので、親がまずやらないであろう、僕流で作ることに。とは言っても、そんなに小難しいことではなくて、有り余るほどあるタマネギを、可能な限り多くみじん切りにして、入念に炒めた上で、煮込んで溶かしてしまって、コクを出そうというだけの話なんですが。

んで、タマネギをみじん切りにする際、親が、これを持っていたのを思い出しました。

親曰く、『使えないから、バザーに流そうと思って』とのことでしたが、ホントに使えないのか? 疑問が湧き上がり、ちょっと拝借して、使ってみました。説明書通りに使ってみると、まあよく切れること! 腐っても、カミソリのブランドとしては、超有名な、貝印です。おかげさまで、みじん切り作業が超はかどり、瞬く間に、ザルいっぱいの、タマネギのみじん切りが出来ました。

で、出来上がったタマネギのみじん切りを、しつこいぐらいに炒めながら、ボーッと考えてました。世の中、『説明書を読まない』タイプの人間が、ものっそい多い事は、事実です。僕も、あまり偉そうなことは言えません。

ただし、仮にも値段が付けられて売られている道具類に、(他の利用者の評価はさておき)『全く役に立たない』物が存在するでしょうか? 一事が万事ですが、『おかしい』と思ったら、トライ&エラーを繰り返してみて、『正解』を見つける努力をしないと、いかに便利な道具であれ、全ては無用の長物と化します。

僕は、親に、この場を借りて、もう一つ言いたい。スマホの操作も然りで、「分からん」と思ったら、すぐに僕を呼ぶのではなく、まずは『試す』ことを忘れないで欲しい。何でもかんでも、『ボケてきたから』は、ただの逃げですよ、母殿?

結局、上記の『ざくざくチョッパー』は、僕専用の調理器具として、譲り受けることに。親曰く、「100円ぐらいで売ろうと思っていた」って、さすがにその価値観はおかしい、と、全力で思いました。

話は少し飛びますが、人間というのは身勝手なもので、ジャンルを問わず、『自分にとって都合が悪い物は、全て悪』と決めつけます。他人の尺度や、一般的評価なんてお構いなしに、どこまで行っても『超自己中心的』なのが、悲しいことに、人間の本質です。

例えば、これは、政治家、特に野党の皆様方、とりわけ(僕が大嫌いな)日本共産党の皆様がよく使いますが、『改悪』という言葉が、僕は嫌いです。そりゃまあ、あからさまな大増税とか、誰がどう見ても『一般的に』都合が悪いなら、それは『悪』と言えるでしょうが、たいていの場合は、そうではありません。

つまりは、『変えられると“自分が”困るから、悪だ』というだけの話です。ゆえに、やたらめったら『改悪』という言葉を喜んで使う人間は、それだけ、『私は自分が可愛いだけの、自己中な人間です』とアピールしてるのと同じです。僕は間違ってますか?

もちろん、人間というのは、自分が可愛くて当たり前です。ただ、『善悪の基準』というのは、(犯罪などの『分かりやすい』ものを除いて)極めて相対的な物です。『俺の悪は、世間の悪』というのは、単なる価値観の押し売りでしかありません。そして、言うまでもなく、そんな『価値観の押し売り』は、大多数の人間にとって、迷惑であることは、当たり前の話です。

言いたいことは全部言ったので、これから、カレー作りにかかります。

んじゃまた。

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