元・エロゲシナリオ屋のブログもどきですよ?

『常識』ってなんだ? ヌエか?

どうも。フジカワです。さっき、毎週水曜日恒例の、コープへのお使いに行ってきました。タダ飯食らいである以上、親の命は絶対であり、僕に一切の拒否権はありません。

暑いさなかを、カートを引きながらホテホテ歩いていて、ふっと思ったことを書いてみます。お付き合いください。

『常識を身につけた上で、常識を疑え』とは、巷間にてよく言われる言葉ですが、僕は、この言葉は全く正しいと思っています。

『常識とは、20歳になるまでに蒐集した偏見のコレクションである』と言ったのは、かのアインシュタインですが、これも全くその通りで、『常識』というものは、それぞれの人によって、全く異なる物です。

よく、真面目な人への褒め言葉として、『彼は常識人だ』というのがありますが、前述の通り、『常識』というものそのものが、十人十色である以上、この言葉は正確ではありません。

『常識人』とは即ち、単に、『世間一般で定められている、ルールやマナーに忠実である』というだけのことです。

んで、何が世の中で厄介かって、『自分の常識こそ真理』と思い込んで、他人にそれを押しつける人々が、あまりにも多いということでしょう。

これは単なる僕の偏見ですが、この傾向は、もはやいい歳になった、団塊の世代の老人達に多いように思えます。自分がその『ジュニア』世代のくせに、親の代を悪く言うのは、いくらか気が引けるのですが、そんな、『自分だけの常識』を、我が物顔で全てに当てはめようとする、平たく言えば『傍若無人』な、厄介な老人を、周囲でよく見かけるので、個人的に思うだけですけどね。ワガママと偏屈とへそ曲がりを、極限まで煮詰めきったような性格だった、僕の亡父を始め。

もう、相当昔のことですが、あの有名な『コボちゃん』においても、こんな話がありました。『桜餅の葉っぱを食べるか食べないか?』で、夫婦の意見が対立するのですが、父親の側が、「食べないのが常識」とのたまいました。

それを見た時、僕はひどく腹立たしくなりました。その『常識』は、アンタの中だけでの話であって、それを他人に強要する権利が、アンタにあるのか? それは単なる傲慢じゃないのか?

これは、暴論を通り越して、単なる戯言ですが、いっそ、『常識』の定義そのものを、『世間一般の決まり、ルールなど』と、極めてシンプルに、根本から改めてもいいぐらいです。

事ほど左様に、『常識』というのは、僕からすれば、正体不明の、(妖怪である)ヌエのような物です。

このブログをご覧頂いている方の、年齢層までは把握出来ませんが、もし、若い人がいたならば、僕は言いたい。「年寄り連中の言う『常識』なんか、アテにするな」と。

『自分の常識は、他人の非常識』と言ったのは、誰かはすっかり忘れたのですが、この言葉が一番正鵠を射ているでしょう。

まとめとしては、『いかなる“常識”を身につけようが、それは個々人の自由だけれども、“守るべきルールとマナー”は、最低限身につけようね!』と言う話でした。

んじゃまた。

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自己紹介

1974年5月8日生まれの45歳。40歳の頃まで、アダルトゲームのシナリオライターをやっておりましたが、少し前に、精神障害者2級の障害者手帳を交付されたのを機に、スッパリと廃業。今は、好きな物を好きな時に書く、気ままな、寄生虫のような生活を送っております。

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