あの名曲2つに、大人げないツッコミを入れてみる。

ネタ
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『春のうららの隅田川』だと、とても情緒溢れる光景なのに、『春のうららの神田川』にすると、一気にわびしくなる不思議(挨拶)。

どうも。フジカワです。もう今日は朝から、ものっそいどうでもいい話題を書きます。即座にタイトルの話に移りますが、南こうせつの『神田川』が、日本歌謡界が誇る、屈指の名曲であることには、誰も疑いを持たないと思います。

しかし! あの曲を聴く度に、僕はどうしても、どーーーしても気になる点があって、もうどうしようもありません。

その前に皆さん、ちょっと気分を落ち着けましょう。深呼吸をして下さい。……できましたか? その上で、『神田川』の歌詞を、よーく考えてみて下さい。恋人同士が、一緒に銭湯に行きます。そこまではよし。『一緒に出ようねって言ったのに、いつも私が待たされた』とありますが、約束を破る男の不誠実さには、とりあえず目をつぶるとして、僕が引っかかるのは、まさにここです。

『洗い髪が芯まで冷え』るまで、男は女を待たせているわけです。僕は声を大にして突っ込みたい。

男は風呂の中で何してるんだ!?

これは、僕の実体験ですが、何かの折に、家族でスーパー銭湯に行くと、たいてい、女性陣の所要時間の方がはるかに長く、僕は、くたびれるまで待つのが常です。

男の入浴なんて、かけ湯をして、1回目の湯船に浸かって、上がって、身体と頭を洗って、もう1回湯船に入ってしまえば、だいたい終わります。どんなに長くても、20分かそこらのはず。仮に、歌の中に登場する女性も、そんなに長湯しないタイプだとしても、やっぱりかかっていいところ、30分前後でしょう。

いくら季節が冬だとは言え、温まった身体が冷え切るほどの長い間、男は何をしているのか? いったい、何にそんなに時間がかかるのか? 仮説すらも思いつかない、『神田川』最大の謎です。どなたか、納得できる説明が出来るなら、ぜひ聞かせて下さい。

次は、唱歌としてつとに有名な、『翼をください』について。
人なら誰しも、一度ぐらいは『自由に空を飛びたい』と思うはず。それはまあ、いたって普通です。

しかし、仮に、己の背中に翼が生えて、鳥と同じく空を飛べたとしましょう。空には、『鳥達の生態系』、つまり、『空のルール』があります。

鳥の目からすれば、『翼の生えた人間』は、『異形の者』であり、『よそ者』です。もし、人間が、普通に鳥達とコミュニケーションが取れるなら、問題はないかも知れませんが、『空を飛べる=自由』ではありません。

夢も希望もない言い方をすれば、仮に羽が生えて、空を飛べても、『Z軸方向に、行動範囲が広がるだけ』です。そりゃまあ、飛ぶわけですから、移動は楽かも知れませんが、飛ぶためには体力も必要です。翼本体が、機械式の、独立した原動力を持っていれば、話は別ですけど。

例えば、平均的な人間の体重を、60kg前後としましょう。それだけの重さで飛ぶためには、相当な体力が必要なはず。『飛べる=楽ちん』でもないわけです。

そんな『空のルール』、及び『飛ぶために必要な努力』を一切無視して、『翼さえあれば、私は自由になれる』と、さも美しげに歌っているのは、甘いと言わざるを得ません。

これは、僕自身が、割と最近、自分で詩の中に書いた(『鈍行列車一人旅』に収録)のですが、『自由』というのは、蜃気楼のようなものです。

『この世』に『生きる』限り、あまねく生き物は、多種多様な『束縛』の中で生きて行かざるを得ません。『真の自由』なんてものは、自殺でもして、『この世』とおさらばしない限り、手に入らないのです。

もしかすると、あの『翼をください』という歌は、自殺を美化して奨励している歌なのかも知れない、というのは、いくら何でもひねくれすぎにしても、僕の耳には、『所詮不可能な、現実逃避を美化している歌』に聞こえます。

いずれにせよ、ひねくれまくってるのは変わりませんけどね。言いたいことを全部書いたので、スッキリしました。

んじゃまた。

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