ブランド物に関する、ごく個人的偏見。

日記
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どうも。フジカワです。実は昨日は寝てないので、今、ものすごく疲れています。なんせ暇なもんですから、思いついたことを、忘れないうちに書いておきます。

初手から偏見まみれの結論を述べますが、僕は、やたらとブランド物にこだわる人間が、好きではありません。性別を問わず。

なぜか? まあ、中には、真にそのブランドのデザインやコンセプト、あるいは機能性が気に入って、こだわる人もいるでしょうが、少なくとも僕が知る限りでは、そんな例は、あまりというか、ほとんど見聞きしたことがありません。

やれシャネルだ、グッチだ、プラダだと、自分に似合うかどうかさえ考えずに買う人間の動機は一つ。『みんなが持ってるから』。

僕に言わせれば、ここまでくだらない理由もないと思います。お前はおもちゃをねだる子どもかと問いたい。本来、ブランド物の一品というのは、一種のステータスであり、個人のこだわりの象徴です。

しかし、残念ながら、これは日本においてだけだと思いますが、ブランド物=画一化、没個性化のためのアイテムに過ぎません。それでなくても、日本人というのは、『右へならえ』の国民性、かつ、国全体が、閉鎖的なムラ社会ですから、『他人とお揃い』がよしとされます。そこに、ブランド物本来が持つ、ステータス性や、個人のこだわりといったものは、介在しません。もっと悪し様に言えば、『意味も分からずに、義務的に買っているだけ』です。

そんなもん、と敢えて言いますが、そんなもんくそくらえです。ブランド創始者に謝れとも言いたい。そこまで他人と同じがいいのなら、もういっそ、みんな揃って改造手術を受けて、規格の統一されたロボットになってしまえばいいのです。

『他者と同じ=没個性が美徳』という風潮の中で、どの口が『それぞれの個性を大事に』とか、『みんな違って、みんないい』なんて言えたものか? 思いっきり矛盾してると思いませんか?

あと、関連するようなしないような話ですが、いい年こいた女が、サンリオやディズニーキャラにはまる心理も、僕には全く理解不能です。確かに、キャラクターそのものが『可愛い』事は認めましょう。ただ、人間、『年相応』という言葉があります。

現代日本は、アニメとマンガの国ですが、それを差し引いても、中年を過ぎた人間が、あからさまに、幼い子ども向けのキャラクターに夢中になる。これ、荒っぽく言えば、それだけその人間の、精神年齢が幼いということじゃないでしょうか? 穿った見方をすれば、思いっきり現実逃避してるだけかも知れません。

これは、昔の僕が、出会い系サイトをウロウロしていて、何人かの女に会ってみて、実感したことですが、不細工な女ほど、ほぼもれなく、いわゆる『キティラー』でした。しかも度を超えた。うん。あなたの現実をあまり知りたくはないけれども、普段の生活が、よほど理不尽かつ不自由なんでしょう。逃避行動そのものを否定はしませんが、やっぱり、明らかに似合わないキャラ物に逃げるのは、はた目にあまりいい印象は与えないものです。平たく言えば、キモチワルイだけです。

まあ、40も半ばになって、未だにエロマンガを追っかけてる僕も、全く偉そうなことは言えた義理はないんですけどね(笑)。

言いたいことはそれだけです。やたらめったら、男にブランド物を貢がせる女は、滅びればいいと思います。

んじゃまた。

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