いわゆる『野郎飯』を作りながら、スポーツについて考えてみた。

日記
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どうも。フジカワです。『野郎飯』とは、『とにかく余り物をぶち込んで、炒めて、適当に味付けしたもの』だと思ってください。レシピの決まってないチャーハンが、一番イメージとしては近いと思います。

んで、ヤケクソのようにフライパンを振りながら、またぞろ考えていました。大前提として、僕は、くどいようですが、日々血のにじむようなトレーニングに励む、アスリートの皆さんを、バカにする気は毛頭ありません。

しかし! いつの頃からでしょうね? マラソンで、『日本人一位』という『あまりに無理がある賞』が出来たのは。うん。確かに、一位には変わりないかも知れない。でも、どこまで行っても、『日本人の中で』という、極めてスケールの小さい、最も悪し様に言えば、『ただの慰め』でしかないでしょう、あんなモンと言っては失礼ですが。

日本人は、どこまで足掻いても、黒人選手にはかないません。なんせ、相手は狩猟民族です。遺伝子のレベルからして違うんです。天性のランナー民族に、農耕民族の日本人が、勝ったという話を聞いたことがありません。

『絶対に勝てないと分かっているから、せめて身内のレベルで褒め称える』。情けない話だと思いませんか? 繰り返しますが、全力を尽くしたランナーに、罪はありません。悪いのは、そんな、『傷のなめ合い』のような、おままごとのような、『身内で一番頑張ったで賞』を作った、マスコミです。

そりゃまあ、永遠に一位が取れないのがかわいそうだから、という心理かも知れませんが、それは、ランナーを侮辱していることにはならないのでしょうか? 『上を見れば果てがない、下を見ればキリがない』とは言いますが、やっぱり、僕のこの、モヤモヤした気分は晴れません。関西ローカルなたとえをするなら、『エベレストや、富士山には登れないから、手近な、六甲山で良しとしましょう』みたいな? まあ、六甲山も、登るのが簡単というわけではありませんが。

僕が願うのは、その『日本人一位』を取った選手が、笑顔のインタビューの裏で、「ちくしょう! こんな賞なんていらねえよ!」と、反骨心を抱いていて欲しいということです。闘争心を失った時点で、格闘家や、アスリート達は失格ですからね。

と、出来上がった謎チャーハンを咀嚼しつつ、超弩級の運動音痴である僕は思いました。まる。

んじゃまた。

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